目次
- 大企業の闇
- ヘル・ミッショネルズ
- デスマーチ再び
- エピローグ
大企業の闇
「このアホがー」
フロアの隅で怒号が上がりました。
またか・・
どうやら仕事でチョンボして損失が出たとのことで担当者は女性でしたが、上司は問答無用で怒りをぶつけていました。
依頼者の会社に間借りしていた13G部隊の島はちょうど説教部屋の隣でした。
パーティションで区切られているとはいえ、けっこう聞こえるのです。なんせ声がでかいから。
説教くらった担当の女性社員は泣いていましたね。
頭脳明晰で大企業に正社員として入社し英語も堪能、それでもボロクソに怒られるところが大企業です。
私はこの光景を見るまで大企業はホワイトだと思っていました。
みんな良い服着て、かっこよくて、プライド高くて・・
そんなの全部幻想でした。
良い服着てかっこいい女性社員は目を真っ赤にして泣いていました。
大企業では多くの金が動き、責任が重くなればなるほどミスをしたときのダメージはとんでもないものになります。
SESの世界は悪いことばかりだと思っていましたがそんな風景を垣間見れたことで、貴重な人生経験できるというメリットがあるんだなと、このとき気付いた次第です。
ヘル・ミッショネルズ
フェーズ2の要件定義がなかなか進まず、ついに初代PMが島流しとなりました。
二代目PMが檄を飛ばす中、どうにも目処が立たず、ついにあいつらがやってきたのです。
あいつらと言ってもたった2人ですけどね。ヘル・ミッショネルズとでも言いましょうか。
SESの世界では火消しという専門の人たちがいます。この人たちはプロジェクトの進行に問題が出ると突如現れ、交通整理や要件定義書の書きっぷりをチェックし、片っ端から粛正し、スケジュールの遅れを取り戻すわけです。
ある日、Kさんが所属する二次受け会社のプロパーがヘル・ミッショネルズから粛正され、ボコボコにされました。
「頼むから日本語書いてくれよ~」
そんなこと言われていました。
はい、パワハラ確定!
でもね、ヘル・ミッショネルズにとってそんなの日常茶飯事。要件定義書に少しでもおかしな点があると、書いた本人を会議室に呼び出して、必殺技のクロスボンバー炸裂というわけです。
要件定義書はシステム開発の核の部分であり、ここに記載されていることは絶対であり、後の行程で覆ることはありません。
よって、実現不可能なことや、辻褄が合わないことが書かれていたらTHE END、プロジェクトは崩壊の道を辿ることになるのです。
そうならないためのヘル・ミッショネルズ召集であり、意図的な恐怖政治だったと思います。
デスマーチ再び
必然だったのか、分かっていたかのように無限残業となりました。
2次フェーズの要件定義が完了し、プロジェクトは基本設計、詳細設計に入りました。
稼働は月300時間を超え、私と同じ三次受け会社の人たちが増員されて13G部隊は30名強となり、タコ部屋に押し込められました。
この時にゴッキー発生事件が起きて、氷の女王の計らいにより別の部屋へ移動できたんですけど、そこはなんとバカでかい会議室でした。
さすが大企業、会議室を丸々提供してくれたのです。
その後実装段階に入った時、13G部隊は50人にまで増えていました。
時折やってくる氷の女王はいつも通りド派手な戦闘服スーツを身にまとい、不気味な笑みを浮かべていました。
ヘル・ミッショネルズの片方はサーファーらしく、早朝波乗りしてから出社しているとのことでした。さすが2800万パワーを持っているだけあります。
もう片方は相変わらず我々三次受けメンバーをいびり倒していました。
「奴のコーヒーに雑巾の絞り汁でも入れてやろうか」
恐怖政治は続いており、密かにレジスタンスが立ち上がろうとしていたとき、事件は起きたのです。
スケジュールの二重帳簿が発覚したのです。
プロジェクトが終盤になってくると、納期に間に合うか否か、ある程度予想がつくようになってきます。それを見据えてヤバそうなタスクがあれば休日出勤して対処していくのですが、それでも間に合わないとなったとき、依頼者へちょっと盛ったスケジュールを提出するときがあるのです。
1週間程度の遅れなら休日出勤で挽回できるのでたいした問題ではないのですが、二重帳簿は悪魔の誘いであり、一度やってしまうと正常に戻すのが大変なのです。
二代目プロジェクトマネージャーは悪魔に魂を売ってしまい、島流しとなりました。
その後、氷の女王とヘル・ミッショネルズの取り決めで三代目プロジェクトマネージャーにはなんと、一次受け会社の幹部がやって来るという前代未聞の展開となりました。
フェーズが切られているとはいえ、2年で2人のPMが消えたのです。
私はとんでもないレア体験をしたのかもしれません。
三代目PMが一次受け会社の偉い人ということもあり、若干ですが氷の女王とヘル・ミッショネルズとの力関係に変化が現れました。
私のような三次受けの下僕にとってはそれが良かったのかもしれません。
プロジェクトはついに最終段階、教育フェーズに入りました。
これは実際にシステムを使用するお客様に、完成一歩手前のシステムを試験的に触ってもらって、操作や仕組みを覚えてもらうものです。
そこで最終調整を行い、プロジェクトカットオーバーとなります。
この時、私は40歳になっていました。
既に徹夜作業はできない体になっており、爆弾として背負っている喘息の発作がいつ起きてもおかしくない状態でした。
23歳で業界に入ってから17年間ソースコードを書いてきましたが、再びデスマーチを経験して、いろいろと感情に変化が出ていました。
本当にこのままで良いのだろうか・・
もしIT業界がこのまま変わらなければ、、、
SESをやっている限り現場ガチャという人生ゲームに身を預けるしかない。
これからも運が悪ければまたデスマーチに遭遇する。
そう考えたとき、私の中で何かがプツンと切れたのです。
エピローグ
2015年8月末日
世話になったKさんに事情を話し、私は氷の女王率いるプロジェクトを去りました。もう少しでカットオーバーでしたが、それを待たずに行動に出ました。
約2年のSES生活で私の体はボロボロになっていました。
そんな私が選んだ次のステージは、いっさいコネに頼らない、医療系システム開発でした。
「金融と医療には絶対に手を出すな」
私を育ててくれたメンターからの教えを破り、禁断の領域へ足を踏み入れることになった私は、この時自分がまさか管理職になるなんて夢にも思っていませんでした。
そして第2のスキル「英語」が発動するのもこの決断がきっかけとなります。
人生とは分からないものです。
40歳という年齢での転職は非常に勇気がいるものでしたが、体力の限界を感じ、私はお金よりも自分の体を優先しました。
自分が健康でもう少し体力があったら、もっと違う道があったのかもしれない。
同じくらいの年齢でバリバリ残業して働いている人を見るといつも羨ましくて仕方がありません。
なんで俺は体が弱いんだろう・・
打ちのめされるときが多々あるのですが、そんな時はこう思うようにしています。
自分はこれしかできないから
第3部 完